真理のみことば伝道協会

カルト宗教被害者の皆様の問題解決のお手伝いをさせて頂いております。

永遠の抱擁

2012年2月16日(木)

 先日、海外のニュース番組で聞いた話ですが、イタリアのマンチュアという町で、五千年前のものと見られる人骨が発見されました。若いカップルの人骨で、しかも抱き合っています。歯がきれいに残っているから若いカップルだと分かるそうですが、なぜ一緒に死んだのか、何が死因だったのかは、謎です。既に、「永遠の抱擁」という名前がつけられていますが、理想的な夫婦愛を表していると言えるかも知れません。夫婦は、いかなる時にも、人生の喜びも悲しみも共有します。環境や都合によって一緒になったり、また離れたりするようなものではありません。何があっても一緒です。お互いに支え合ったり、協力し合ったりします。都合が良くても悪くてもです。「永遠の抱擁」の写真を見て、若くして一緒に死んだ二人について色々なことを考えたり、想像したりしますが、現代人に大切なメッセージを語りかけているような気もします。

 最近、アメリカのある新聞で、言葉の定義コンテストがありました。例えば、お金とは、「天国以外のすべての所に連れて行き、幸せ以外のすべてのものを買うことができる手段」だそうです。友達とは、「全世界があなたから離れて行った時、一人駆け寄ってくれる人のこと」だそうです。では、愛とは一体、何でしょうか。選ばれた定義の一つは、「あなたの存在を喜ぶこと」だそうです。これは、聖書が述べている神の愛にかなり近い定義だと思います。現代人は、人の持っている財産や容姿の美しさ、あるいは、才能を喜ぶことができます。しかし、相手が無一文になり、年老いてその人の美しさも枯れ果てて寝たきりになり、何も貢献できなくなった時、どうなるのでしょうか。「もう、あなたには用がない」と言って、離れ去ってしまうことが多いのではないでしょうか。

 本当の愛は、その人の持ち物ではなく、その人の存在そのものを、いつまでも喜ぶ態度です。神の愛も、まさにそのような愛だと言えます。

 「あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。救いの勇士だ。主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる」(ゼパニヤ書3章17節)。

 ここにあるように、主なる神は、ご自分の作品として造られた人間を喜んでくださいます。また更に、その愛の現れとして、共にいてくださいます。息を引き取る直前に悔い改めた強盗に対して、キリストは、「あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます」(ルカによる福音書23章43節)と言われました。ただ、神の国に入らせてあげたのではありません。「わたしとともにパラダイスにいます」と約束なさったのです。また、すべての信じる者に対して、「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」(マタイによる福音書28章20節)。どんなことがあろうと、最後の最後まで、共にいてくださる。これこそ、「永遠の抱擁」ではないでしょうか