真理のみことば伝道協会

カルト宗教被害者の皆様の問題解決のお手伝いをさせて頂いております。

「イット」と呼ばれた子供

2012年2月16日(木)

 英語で、物を指す時に、「イット」(it) という言葉を使います。「それ」とか、「あれ」という意味になりますが,大きな失礼に当たるので、決して人間に対しては使われない言葉です。しかし、そのような当たり前の礼儀は、ディウ゛・ペルザーさんの家庭では守られませんでした。ディウ゛さんは母親から名前で呼ばれることがなく、いつも、「イット」と呼ばれていました。そればかりではありません。彼は8歳の時から5年間、凄まじいほどの暴力を受け続けたのです。ディウ゛さんはその著書『「イット」と呼ばれた子供』の中で、自分の体験を赤裸々に描いています。学校から帰って来たディウ゛さんは、家の掃除や皿洗いなど、ありとあらゆる仕事をさせられて、まるで奴隷のようにこき使われました。また、決められた時間内に済ませておかないと、夕食抜きにされます。10日間、食べ物が何も与えられないこともありました。学校で、同じクラスの子供の弁当を盗み食いして、飢えを忍びましたが、そのことを知った母親は激怒し、帰宅後に、子供の喉に指を突っ込んで、食べた物を吐かせるようになりました。また、子供が家のゴミを漁っているところを発見すると、わざと腐った肉をゴミに混ぜました。それを食べた子供は、おなかをこわし、1週間、寝込んでしまいました。母親に少しでも口答えをしようものなら、殴る蹴るの暴力は勿論のこと、ガスレンジの上に手を伸ばさせられて、火傷を負わせられることもありました。

 しかし、一番、恐ろしかったのは、「ガス室の実験」が行われた時のことです。母親は風呂場の窓を閉め切ったうえで台所洗剤を混ぜて、有毒ガスで部屋を充満させてから、1時間以上、そこにディウ゛さんを閉じ込めたのです。ガスを吸わないように、子供なりに必死に考えて、あの手もこの手も使いますが、どうしてもガスが体内に入ってしまいます。気分が悪くなり、血を吐いたりします。「お母さん、勘弁して」と叫んでも、反応無し。やっと「ガス室」から出してもらうと,母親は、「どこかの本で読んだから、一度、試してみたかった」という一言。

 13歳の時に、ディウ゛さんはようやく、学校の先生に助けられて警察に保護され、里親の家庭に預けられます。そこで初めて、親の愛というものを経験しますが、心の傷が癒されません。「僕が悪い子だから、お母さんから何をされても当然だ」という思いが、なかなか、消えないのです。「親に反抗して、学校で様々なトラブルを起こすこともありました。しかし、里親の変わらない愛の中で、徐々に、変化が現れます。神の助けを求めつつ真面目に勉強するようになり、高校卒業後,空軍に入隊します。その数年後、パイロットとして、湾岸戦争などで活躍しますが、その傍ら、自分と同じように暴力を受けた子供たちを励ますための、講演活動を開始。その働きが認められ、レーガン、ブッシュ、クリントンの三大統領から表彰されました。そのことは、『「イット」と呼ばれた子供』の続編、『ディウ゛という名の男』の中で紹介されています。

 イエス・キリストはこう言われました。

 「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネ16・33)。

 目を覆いたくなる事件の多いこの頃ですが、勝利者なるキリストを見上げる時に、勇気が出ます。人生に失望があっても、絶望はありません。