真理のみことば伝道協会

カルト宗教被害者の皆様の問題解決のお手伝いをさせて頂いております。

太陽が消えた日

2012年2月16日(木)

 1883年のある日のことです。アメリカのニューイングランド地方は、朝から不気味な暗闇に覆われました。9時、10時になっても、太陽が出ません。不安になった人々は身を寄せ合って、この前代未聞の出来事は何を意味するかと考えました。「ただの日食で、すぐ明るくなる」という楽観的な意見の持ち主もいれば、「神の裁きであるに違いない」と結論づける人もいましたが、数時間たっても何の変化もなく、人々は続々と教会に集まり始めました。お昼までには、どこの教会も祈る人々で満杯状態でした。

 「神様、私たちを哀れんでください。」
 「主よ、どうか、もう一度、太陽が出るようにしてください。」
 「裁き主なる神様、悔い改めますから、私の罪を赦してください。」

 夜遅くまで、切実な祈りが続きました。次の朝、人々は町の高台に集まり、瞳を凝らして、東の地平線を見つめました。すると、いつもの時間に、日が上って来たのです。人々は感激のあまり、叫んだり、手を叩いたり、踊ったり、神をほめたたえたりし始めました。 この驚くべき現象の原因は、実は、マレーシアのクロカトア山の噴火にありました。クロカトア山は、膨大な量の火山灰を噴出し、それが巨大な黒い雲となって上層気流に乗り、地球の反対側にあったニューイングランド地方をすっぽり覆ってしまった訳です。

 恐らく、当時の人々にとっては、太陽の恵みに感激したり、感謝したりするなど、生まれて初めての経験だったのでしょう。それまで、「毎日、太陽の光があって当たり前だ」、と考えていたはずです。しかし、このように、神の恵みに慣れてしまうことは、恐ろしい霊的な病であると、聖書は警告しています。

 「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました」(ローマ書1章20~23節)。

 神に感謝しなくなった人々の上に、三つのことが起こりました。彼らはむなしくなり、暗くなり、愚かになったのです。

 私たち現代人も、感謝することの少ない者ではないでしょうか。太陽の恵みが与えられていること、健康が支えられていること、食物が豊富に備えられていること、平和に暮らせていることなどについて、果たしてどれほど感謝しているのでしょうか。私たちはとかく、自分の抱えている問題や、周りの人間の幸せ・成功に心を奪われ、愚痴をこぼし、今与えられている祝福を見失ってしまいがちですが、うっかりすると、心が暗くなり、空しい人生を歩むことになってしまいます。

 あなたの心は、感謝の気持ちで満たされていますか。それとも、不平不満で一杯ですか。