真理のみことば伝道協会

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靖国神社参拝問題の謎

2014年8月22日(金)

 昨年末に安倍首相が行なった靖国神社の電撃参拝は、中国・韓国はおろか、同盟国の米国からも批判を浴びました。今や靖国参拝問題は政治・外交における最大の火種の一つとなっています。安倍総理は今年の終戦記念日の参拝を見送りましたが、それは日中、日韓首脳会談へ向け、両国への配慮を示す狙いがあったのでしょうか。ただ、3閣僚や多くの国会議員が参拝したことに中韓両国は批判を強めており、関係改善は見通せない状況です。
 靖国神社、日本国を守護するために亡くなった戦没者を慰霊追悼するための施設、及びシンボルとされています。「国に殉じた先人に、国民の代表者が感謝し、平和を誓うのは当然のこと」という意見もある一方で、「アジヤの近隣諸国に侵略して、多数の犠牲者を出したのだから、それらの国々への配慮から、公式参拝を控えるべきではないか」という主張もあります。また、内閣総理大臣・国会議員など公職にある者が公的に靖国神社に参拝することは、日本憲法第20条が定める政教分離原則と抵触しているという見方もできます。
 こうして、靖国参拝問題は、日本人の宗教観や歴史認識と深く関わっている問題で、今後も激しい議論が続くことでしょう。しかし、中国や韓国の国民に不快感を与え、外交的な摩擦を生むこともある靖国神社への参拝に、何故、安倍総理などはこだわるのでしょうか。一体、どのような国益につながるのでしょうか。恐らく、アメリカのオバマ大統領がいちばん首を傾げるのは、このポイントなのでしょう。
 この不可解な謎に対して、一つ、考えられることは、国家の権威の維持が絡んでいるということです。政治家は、国民に対する権威を維持することを最重要課題と考えます。極力、自分(または国家)の間違いを認めず、自分が常に国民を最善に導いているというイメージを保とうとします。そして、当然のことながら、その中で独特な歴史認識を掲げます。「太平洋戦争は侵略ではなく、自衛だった」とか、「アジヤの諸国を略奪したのではなく、欧米の支配から解放した」とか、「戦死した人々は、誤った軍国主義の犠牲者ではなく、国の平和と繁栄に貢献した人々だ」という、国際社会に通用しない論理を繰り広げます。
 言うまでもなく、人をコントロールすることを目的とした権威主義は、カルト教団においても見られます。絶対的な存在とされるカルトの教祖は、自分への無条件の服従を信者に強要します。信者の利益や人権などは二の次で、教祖の計画・ビジョン・願望が最優先されるのです。
 このような権威主義に対して、イエス・キリストはサーバント・リーダー(しもべ的指導者)の概念を語っておられます。
 「そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。『あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人のことが来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです』」(マルコの福音書10章42―45節)。
 ここにあるように、真の指導者は、権力をふるうことをせず、人々に仕える者です。自分の願望ではなく、人々の必要を優先する者です。そのような指導者こそ、真の意味で、人々の信用や尊敬を勝ち取るのです。