真理のみことば伝道協会

カルト宗教被害者の皆様の問題解決のお手伝いをさせて頂いております。

聖書のミニメッセージ

難民問題を考える

2016年2月26日(金)

 去年の夏ごろから、シリヤの難民問題が何度もニュースで取り上げられています。難民たちは、数年前から続いている内戦による悲惨な状況から何とか逃れようとして、シリヤからトルコ経由でギリシヤに渡り、最終的にはドイツやイギリスなどを目指しますが、エーゲ海でゴムボートが転覆して、命を落とす人々が沢山います。1月22日の転覆事故で45人、1月30日の事故で33人も死亡したと報道されています。また、数ヶ月前、ギリシヤの海岸に流れ着いた4歳の男の子の遺体の映像がインターネットに載り、世界中の人々に大きな衝撃を与えました。その映像を見て、「何とかしなければならない」と誰もが思ったでしょうが、なかなか難しい問題をはらんでいます。
難民の受け入れが期待されているドイツやフランスには、猛反対している人々が多くいます。難民の中に、テロリストが紛れ込んでいるのではないかとか、自分たちの税金の負担が増えるのではないかとか、国の文化が変わってしまうのではないかとか、失業率が悪化するのではないか、とかいうような懸念を持っています。また、そもそも何故、国民の血税で関係のない外国人の面倒を見なければならないのかという不満を漏らす人々もいます。確かに、国民の言うことにも一理あります。
アメリカも前から、アフリカなどの難民を積極的に受け入れていますが、なかなかうまく行かない面が多々あります。先日、南部のジョージア州で難民を支援するためのボランティア活動をしている20代の女性の話を読みました。ルマ・ムフレーという女性で、ヨルダンの裕福な家庭で生まれ育った人ですが、アメリカの大学に入って、そのままアメリカに残り、アメリカの市民権を取った人です。自分も外国からアメリカに移住し、外国人としての苦労が分かるから、何とか難民がアメリカの社会になじむことができるように助けたいと思って、ジョージア州のクラクストンという町で難民の子供のためのサッカー・チームを始めたのです。アフリカのスーダン、ヨーロッパのコソボ、中東のイラク、またアフガニスタンなどから子供が集まって来ました。皆、大変な状況の中から命からがら逃げて、大きな傷を負っている子供ばかりです。ルマさんはチームの監督として、子供たちにサッカーを教えるだけでなく、勉強を見てあげたり、相談相手になってあげたり、家庭に食べ物を届けてあげたりするのですが、少しずつ、子供たちとその家族の信用を得て行きます。しかし、チームとして一つになるということは、なかなか大変でした。言葉や生活習慣の違いもあり、中東から来た子のアフリカ人に対する偏見もあり、アフリカ人のヨーロッパの人に対する警戒心もありましたが、ルマさんはなるべくお互いの違いではなく、共通点を強調しました。そのうちに、チームとして見事にまとまって、サッカー大会で優勝するのです。
 ここに、難民問題の解決の糸口があると言えるかも知れません。まず、お互いの違いではなく、共通点を見つけることです。更に、それに加えて、受け入れる側に難民に対する同情心と期待感、難民側に感謝の表明・地域活動への参加・言語の取得を加えることができれば、相互理解が生まれるのではないでしょうか。
 聖書はこう言っています。
 「あなたがたの神、主は、神の神、主の主、偉大で、力あり、恐ろしい神。かたよって愛することなく、わいろを取らず、みなしごや、やもめのためにさばきを行ない、在留異国人を愛してこれに食べ物と着物を与えられる。あなたがたは在留異国人を愛しなさい。あなたがたもエジプトの国で在留異国人であったからである」(申命記10章17―19節)。

サイレント・ナイト

2015年12月28日(月)

 あるクリスマス・イブに起こった奇跡の話です。アメリカのモンタナ州に住む新婚のケイティーとスティーヴは、夫婦として迎える最初のクリスマスを楽しみにしていました。ところが、11月の暮れに、ケイティーのお母さんが末期癌であるという悲しい知らせが舞い込んで来ました。ケイティーは看病のために、二人の貯金をはたいて、すぐに飛行機に乗り、お母さんのいるアイオワ州に飛んで行きました。夫のスティーヴも、クリスマスの数日前に、合流する予定でしたが、自分の分の飛行機代はありませんでした。教会に祈りの課題を出しました。すると、同じ教会のメンバーのジョーという人で、セスナ機を持つビジネスマンが、「ついでの用事があるから、クリスマス・イブに、うちの飛行機でアイオワ州まで送ってあげるよ」と言ってくれたのです。スティーヴは祈りの答えだと信じて、ジョーの言葉に甘えることにしました。
しかし、12月24日の午後、空港に行って、ジョーのセスナ機を見て、スティーヴは少なからず、不安を覚えました。飛行機に乗るのも初めてだったし、そのサイズも余りにも小さかったからですが、空港の中で、「サイレント・ナイト」が流れているのを聞いて、神が共におられることを確信しました。それに空港は快晴だったし、たった数時間の飛行だから、きっと守られるだろうと思って、セスナ機に乗り込みました。最初の1時間は順調でしたが、そのうちに濃い霧が発生して、全く何も見えなくなってしまいました。そこでスティーヴはまた、不安になりましたが、ジョーはすぐに言いました。
「計器飛行ができるから、心配、要らない。空港の上に霧があると困るけれども、アイオワ州までこの状態が続くことはまずあり得ない。」
ところが、そのあり得ないことが起きてしまったのです。アイオワ州のデモイン空港は濃霧に覆われていました。ジョーは助けを求めようと思って、管制塔に事情を説明しましたが、管制塔の返事は、「空港は、霧のために閉鎖されています。サウスダコタ州の空港に引き返してください」ということでした。しかし、ほとんど燃料が残っていませんでした。そのことを管制塔に伝えても、しばらく返答がありませんでしたが、数分後に、別の男性の力強い声が聞こえて来ました。
「よし、分かった。緊急着陸を許可する。」
ジョーは何も見えない中で、空港を目がけて、少しずつ、高度を下げて行きました。しかし、彼の見当はずれていました。空港から数キロ離れた高速道路の上を飛んでいました。突然、「機体を上げなさい」という男の声がしました。あと、数メートルで、高速道路の標識にぶつかるところでした。再び、男の声がありました。
「落ち着きなさい。私の指示に従うなら、必ず、無事に着陸できる。」
ジョーは答えました。
「了解。じゃ、お願いします。」
男は具体的な指示を出し始めました。
「もう少し、高度を下げて。いや、それは下げ過ぎ。はい、そのまま。今度は、右のほうに機体を傾けて。はい、そのまま真っ直ぐ。そのまま高度を下げて。もう、滑走路が見えて来たでしょう。」
男の言う通り、滑走路が見えて来ました。そして、無事に、着陸できたのです。二人は、親切な男性にお礼を言おうと思って、再度、管制塔に連絡をしました。
「助かりました。適切な指示をしてくださって、本当にありがとうございました。あなたは、私たちの命の恩人です。」
管制塔の人は当惑した様子で言いました。
「何を言っているのですか。私たちは何の指示も出していません。先程も伝えたように、空港は濃霧のために閉鎖されており、どの飛行機に対しても着陸許可を出していないのです。」
二人は顔を見合わせました。そして、二人とも、心底から震え上がるような感動を覚えながら、同時に、「神様の声だった。神様、ありがとうございます」と言ったのです。スティーヴは、空港で『サイレント・ナイト』が流れていたのを思い出しました。まさに、クリスマス・イブの静寂を、神様の声が打ち破り、二人の命を救ったのです。2000年前にも、静かに羊の夜番をしていた羊飼いたちのところに、神様の救いの知らせが響き渡りました。
 「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです」(ルカによる福音書2章11節)。

九転十起生

2015年10月15日(木)

 「九転十起生」。
 これは、幕末から大正という激動の時代を切り開いて行った実業家、広岡浅子のペンネームです。ご承知のように、NHKドラマ「あさが来た」のヒロインあさのモデルです。1849年に三井家の令嬢として生まれた浅子は、幼い時から学問に強い興味を持ちますが、「女に教育は不要」という当時の商家の習慣は固く、家人から読書を禁じられます。やがて、17歳の時、大阪の豪商である加島屋の次男と結婚します。女性は器物同様に扱われた時代でしたが、使用人に任せて業務にかかわろうとしない商家の風習に疑問と限界を感じた浅子は、筆記や算術を独学するようになります。彼女の努力の甲斐があって、明治維新の動乱の中で、かなり危なくなっていた加島屋の財政が立ち直ります。更に、浅子は1884年に炭鉱事業に参画し、福岡県飯塚市にある炭鉱を買収し、開発に着手します。その際、単身炭鉱に乗り込み、身を守るためにピストルを持ち歩いていたと言われています。このように、男もためらうような冒険的な事業に敢えて乗り出したので、狂気扱いされることも度々あったといいます。1888年に加島銀行を設立し、1902年に大同生命創業に参画するなど、加島屋は近代的な金融企業として大阪の有力な財閥となります。
こうして、浅子は明治の代表的な女性実業家として名を馳せた訳ですが、60歳の時に乳癌を患い、大きな挫折を味わいます。それまで、「九転び十起き」の精神で様々な困難を乗り越えた彼女でしたが、救いを求めて、大阪基督教会を訪ね、宮川経輝牧師から福音を聞きます。聖書の教えに、浅子は、「わが身の傲慢な事が解り、今までの生涯が恥ずかしくも馬鹿らしくも思われ」たのです。その後、洗礼を受けて、走り続けた生涯でやっと心の平安を得たのです。その生涯の中で、浅子は何度も転んで、起き上がって来ましたが、最後に起き上がった場所は、神の御手の中でした。
 聖書にも、「九転び十起き」と同じような言葉があります。
 「悪者よ。正しい人の住まいをねらうな。彼のいこいの場所を荒らすな。正しい者は七たび倒れても、また起き上がるからだ」(箴言24章5―16節)。
 何度、転んでも起き上がる。困難な状況にあっても、希望を捨てずに、チャレンジし続ける。人生の基本中の基本だと言っても過言ではありません。しかし、誰であれ、地面から起き上がらなければならないと分かっていても、周りから「頑張れ!」と声援を受けても、なかなか立ち上がれない時があります。もう、力が尽きてしまっています。どうすることもできないのです。そのような時に、もはや諦めるしかないのでしょうか。いいえ、まだ道が一つ、残っています。それは、広岡浅子のように、造り主なる神を求めて、聖書の約束を握り締めることです。
 「正しい人は、神様の指示に従って歩みます。神様はその一歩一歩をお喜びになるのです。たとい倒れても、それで終わりではありません。神様がしっかり支えておられるからです」(詩篇37篇23―24節、『リビング・バイブル』)。
 あなたも、神の力強い御手に支えられて、再び、起き上がることができますように。

ベーブ・ルースと戦争

2015年8月20日(木)

 先日、甲子園で行われた全国高校野球大会において、素晴らしい活躍を見せた清宮幸太郎くん。まだ1年生であるのに、早稲田実業の3番バッターとして、チームをベストフォーに導きました。清宮くんは日本のみならず、海外のメディアからも注目されて、「和製ベーブ・ルース」と呼ばれています。確かに、そのバッティングの迫力には、ベーブ・ルースを思わせるものがあります。明るい性格も、また、顔つきまでもが似ていると言えるかも知れません。
 御周知のように、ベーブ・ルースはニューヨーク・ヤンキースなどのチームの主力打者として714本ものホームランを打った人で、アメリカ人にとっては、まさに伝説的な人物です。彼は一度だけ、他の大リーガーたちと一緒に来日したことがあります。1934年の話です。アメリカと日本は、その時点で既に、かなり緊張した関係になっていましたが、日本の国民はベーブ・ルースを熱烈に歓迎して、どこの野球場でも「ベーブ・ルース万歳!」と叫んでいました。余りの歓迎ぶりだったので、当時のアメリカ大使は、「戦争になることは絶対にないだろう」とルーズベルト大統領に報告をしています。しかし、残念ながら、7年後に状況が一変しました。ちなみに、フィリピンなどで日本兵が死の突撃を行う際、「ベーブ・ルース、地獄に落ちろ!」(ゴー・トゥ・ヘル)と英語で叫んでいたということです。
 8月15日に、終戦70周年を迎えた日本。国民の大多数が反対する中で、「戦争法案」とも呼ばれる安保法案が可決されようとしている今、真の平和とは何か、真剣に考えなければなりません。一言で言えば、平和とは争いのない状態を意味しますが、個人的な喧嘩にしても、国家間の戦争にしても、その根本にあるのは、自分の利益の最優先、自分だけが正しいという主張、そして相手は生きる資格のない極悪人であるという思い込みです。戦場に送られる兵士の教育は、相手国の人間を徹底的に憎むことから始まります。相手を憎まなければ、殺せないからです。
 こうしたことを考えると、戦争をなくすための最も重要なことは、他国の人間との交流だと言えるのではないでしょうか。相手を知りさえすれば、相手に対する偏見や先入観は必ず、なくなります。しかし、他国人との交流が禁じられ、他国から発せられる情報が統制されるような事態になると、再び、醜い裁き合い、憎み合いが始まるのです。「ベーブ・ルース、万歳!」の叫びが、「ベーブ・ルース、地獄に落ちろ!」に変わってしまうのです。
 「和製ベーブ・ルース」の野球選手としての今後の活躍が注目されますが、私は、彼が野球を通じて、日本と諸外国との架け橋になってくれることを期待したいと思います。
 「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです」(マタイの福音書5章9節)。
 イエス・キリストの有名な言葉ですが、平和をつくる者は、正確な情報を集めて、人と人との間の誤解を取り除く人です。偏見を持たず、自ら人に近づき、その人の真意を確かめる人です。違う意見の人を尊重する人です。家庭の平和、職場の平和、国家間の平和のために、私たちにどんなことができるのでしょうか。

「ライザップ」のコマーシャル

2015年6月26日(金)

 私はテレビコマーシャルが余り好きではなくて、普通、何かの番組を見ていても、コマーシャルになるとすぐに音を消したりすることが多いのですが、一つだけ、「凄いなー」と感心してしまうコマーシャルがあります。ライザップという会社(プライベート・ジム)のコマーシャルです。最初に、少しぽっちゃり系の女性がさえない表情をしながら、ビキニ姿で登場します。そして次の瞬間、ライザップで2カ月間のトレーニング(50万円もかかるそうです)を終えた彼女が映ります。もう、別人のようです。モデル雑誌にでも写真が載りそうな感じの女性に生まれ変わっています。次に、おなかが相当、出っ張っている30代の男性が登場します。誰が見ても、カッコ悪い男です。しかし、彼も驚くべき変身を遂げています。同じ人だとは思えないほど、筋肉モリモリの体で再登場するのです。
別に、ライザップに頼まれて宣伝している訳ではありませんが、コマーシャルを見る度に、考えさせられます。人間が自分に対して一つのイメージをもって、そのイメージ通りになろうと努力する時に、驚くほどの変身を遂げられる、ということです。
アルゼンチンの有名なサッカー選手にリオネル・メッシがいます。数々のスーパー・プレーで「マラドーナ2世」と呼ばれていますが、10歳の頃、成長ホルモンの分泌異常の症状が発覚して、成長ホルモン投与などの高額な治療なしでは身体が発達しないと診断されました。14歳の時点で、彼の身長は、まだ143センチしかなく、それ以上、伸びる見込みはありませんでした。しかし、メッシ少年は、自分が世界の大舞台で活躍する一流のサッカー選手になるためにこの世に生れた人間だというビジョンを抱き続けて、練習に励みました。2001年に、スペインのFCバルセロナのユースチームの入団テストを受けます。当時の監督カルロス・レシャックは、彼のプレーを一目見ただけで、その小さな身体に驚くべき才能と将来性が宿っていることを悟り、すぐさま合格を決めます。更に、FCバルセロナは、治療費を全額負担することを約束したのです。結局、ユースチームで治療とトレーニングを続けた結果、身長は169センチまで伸び、選手としても一流のテクニックを披露するまでに成長した、ということです。
ライザップのコマーシャルに出る人々や、メッシ選手の他にも、自らの努力によって変身を遂げた人が沢山いますが、確かに、自分にどのようなイメージを抱くか、自分のためにどのような将来像を描くかによって、人生は大きく変わると言えるのではないでしょうか。しかし、残念ながら、多くの現代人は極めて低いセルフ・イメージを持っています。過去の傷などの影響で、「私は駄目な人間だ」とすっかり思い込んでしまい、自分の将来に対する夢が描けずにいますが、聖書の中に、自尊心が低下している人々向けのメッセージがあります。

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ書43章4節)。

「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っている・・・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」(エレミヤ書29章11節)。

カルロス・レシャック監督がメッシの秘められた才能を認めたように、父なる神も私たちに素晴らしい可能性があると見てくださいます。問題は、私たち自身が同じように自覚しているかどうかということです。また、ライザップに通う人々が自らをパーソナル・トレーナーに委ねるように、私たちも、神の力強い御手に身を委ねるなら、きっと素晴らしい変化を遂げるでしょう。